イギリス留学 ざっくり日記

大学院で社会開発を学んだ話

協力隊時代の勘違い②(反省点~次への対策)

前回の記事の続きとなりますが、今回は協力隊時代に派遣されていた学校に奨学金制度を紹介した後、私が反省したことを書きます。

1.一番の反省点
振り返って、一番の反省点は、私に「援助者」の覚悟がなかったことだと気づきました。援助において透明性を確保し公平に援助する必要性は知っていたのに、実行しなかったのでした。
私は奨学生を選ぶ基準を同僚と決め、「学力の高さ」は同僚の記憶、「経済状況」は生徒の発言だけを参考にしました。しかし公平性を保つなら、まずは学校長経由で学校に紹介すべきだったし、対象となる学年全員に周知し、希望者の成績や経済状況を具体的に調べる方法を考えるべきでした。周りの人には「仲が良い同僚のお気に入りの生徒に援助した」と思われて仕方がない対応でした。

2.原因:援助者になりたくないという感情
ではなぜ覚悟がなかったのか。原因は私にボランティアだけど援助者ではなく「同じ立場でいたい」「同僚として見てほしい」という強い気持ちがあったことだと思います。それは援助者となると対等な立場でなくなると思っていたからです。同僚も「君は仲間だ」と言ってくれていたし、私も文化に配慮して先生の一員としてなるべくとけこもうと努力していたのですが、国の税金を使ったODA事業の一環で政府機関から派遣されているボランティアである以上「違う立場」の人だったのでした。それなのに、つい周りに甘えて、勘違いしていたのです。

3.今後への学び:援助者の心得を忘れない
この体験とその後に読んだ本から、援助者の心得を理解する必要性を痛感しました。それは「開発援助の社会学*1という本なのですが、特に心に沁みたのは「援助はえこひいき」「よそ者のパワー」という言葉でした。
この本の第11章は「援助はえこひいきである」という言葉から始まり、誰を援助して誰を援助しないかは援助する側の論理(正義感や合理性など)によって決められることが多く、援助する側にとって公正でも、援助される側にとって公正に感じられないことがあり得ると丁寧に解説されています。
そして続く12章では、よそ者が持つ否定的なパワー、肯定的なパワーについて解説されています。重要なことは、自分がよそ者となる場所では普段とは違う「力」を持つことになり、良くも悪くも影響を与えてしまう、ということをまずは自覚することだと感じました。そしてその影響力をどう肯定的なものにするかは、援助対象者(とその周り)についてある程度知らないと分からないと思っています。援助を行う以上、「援助しない人」の状況も見極める努力をしないとその援助はえこひいきになり得るし、よそ者の否定的なパワーでその地域の人々に迷惑をかけることがある、としみじみ納得しました。

・・・これをするとなると、言い方は悪いのですが、本当に面倒くさい話です。援助するだけでも労力がかかるのに援助しない人への配慮が必要となると2倍以上労力がかかるのですよね。私の奨学金についても、学校長はあまり理解がある人ではありませんでしたし、同僚と仲が悪かったので、「より公平」なやり方をしたら何倍もの時間がかかったと思います。・・・でも公平な援助をしたいのであれば、そこをさぼるべきではなかったのでした。
奨学生が援助されなかった生徒からいやがらせを受けたり、逆に援助に甘えて勉強をさぼったりしなかったのはただの結果オーライでしたし、私が把握してない悪影響もあるかもしれません。援助されなかった生徒や先生の何人かには「やっぱり外国人と仲良くなる・気に入られると得だよな」という悪い考えや不信感を持たせてしまったと思います。

・まとめ
協力隊時代の勘違いにより、派遣先に悪影響を与えたことは本当に今でも申し訳なく、反省しています。この経験を話すと援助にあまりなじみがない人は「すごく良いことしたね」と感心し、援助に関わっている人は「やっちゃったねー」と苦笑いをされたりしました。個人的には良い影響もあったけど悪い影響はそれよりあったかもしれない、と思います。そうはいっても過去は修正出来ないので、今出来ることは「反省を次に生かす」そして「他の人に共有する」だと考えています。
たわいのない、初歩的なミスなのですが、誰かの参考になれば嬉しいです。 

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*1:「開発援助の社会学」佐藤 寛  著

目次が以下に掲載されています。

開発援助の社会学 - ジェトロ・アジア経済研究所