イギリス留学 ざっくり日記

大学院で社会開発を学んだ話

勝手に尊敬① アマルティア・センさん

今回は大学院で勉強し始めて、「まじ、この人すごいわ・・・!!」と尊敬を深めた学者さんについて書きます。皆さま大変有名なのでその考えを知る機会はあったのですが、「難しそう・・・」と詳しく調べなかったという・・・。

「もっと早く知っていれば良かった!」と思うほどその方々から素晴らしい学びを得たので、 「勝手に尊敬」と題してお二人ご紹介します。ただ、ご著書数冊をざっとしか読んでいない私ごときが説明するのも恐れ多く、私と違って分厚い・難しい本が抵抗なく読める方は、是非ご著書を直接お読み下さい。

お一人目:アマルティア・センさん!
1998年にノーベル経済学賞をとられたインド出身の経済学者です。

センさんのすごさは経済学で常識だった考えをくつがえしたことにあると思っています。以下2つご紹介します。

すごいと思うところ①飢饉の原因がお金だけでないことを証明した!
飢饉、つまり「農作物の凶作などから食物が極端に不足し,人々が飢え苦しむ現象」、*1は食料が足りないからではなく、人々の能力や資格(センさんは「エンタイトルメント/権原」と呼んでいます)が足りないから発生することを証明されています。

私はこれを聞いたとき「えええ」と驚きました。それまでは
 ・貧しい国だと水路とか作るお金がないから天候に頼るしかなくて、
→雨不足とかで農作物が育たなくて、
→食べ物を外から調達するお金もなくて、
→その結果として飢饉が起きて人々が飢えに苦しむのかなと思っていたのでした。

それがセンさんの本を読んで「食べ物が足りないだけが問題だけじゃないんだ!?」、つまりは「お金だけの問題じゃないんだ!?」とびっくりしたのでした。

センさんは著書「自由と経済開発」*2の中で、経済力が低くても飢饉が発生しなかった国と発生した国の違いを比べています。その比較・分析から飢饉に素早く対応する民主的な政府があれば飢餓を防ぐことが出来ること、そして独裁的な政府の下では飢饉がなくても飢餓が発生することがあると指摘しています。

すごいと思うところ②「開発」の概念に経済指標以外の要素を加えた
戦後の主な「開発」の概念は、「開発=主に経済的な豊かさ(GDPや収入の増加)の追求」という考えでした。経済的に豊か=人々がより幸せになる、という考えだったのですね。でもセンさんは当時当たり前とされていたこの考えに反対して、開発の目的は自由の拡大であり(そしてそれが人々の生活の質を高める)、収入を上げることはそのための一つの要素に過ぎない、と指摘します。

そしてケイパビリティ(潜在能力)*3 アプローチというものを提唱されます。この考えに触発されてUNDP(国連開発計画)が人間開発報告書というものを1990年以来毎年発行しています。この報告書では経済(1人あたりの国民総所得(GNI))に加え、教育、医療の3つの側面から各国の開発度を測定しています。

このように「幸せってお金だけじゃないよね」っていうのは彼以外も思っていたと思うのですが、それを他の理論と対比させて論破し、個人の状況によって「潜在能力」が変わることも詳細に分析した彼に拍手!!! そして勝手な推測なのですが、センさんのこの個人の自由への視点は彼が幼いころに起こったムスリム男性の死も関係しているのかなと思っています。「自由と経済開発」の中で書かれているのですが、ヒンズー教の多い地区で働いていたムスリム男性が、ある日その宗教の違いが原因で殺されてしまいます。その人自身、イスラム教徒の自分がヒンズー教徒の多い場所で働く危険性を認識していたのですが、自分の住む場所では仕事がないため出稼ぎに来ていたのでした。

彼に仕事を選べる自由があれば命を落とさなくて良かった、と書かれているセンさん。じゃあ具体的にどうすれば皆が自由が得られるの?そもそも自由って何?という疑問への答えを実証した彼はすごいと思います。

センさんの理論への批判
中にはセンさんの理論は理想的過ぎて、実用的ではないという批判があります。センさんは自由を測る(明確な)指標をケイパビリティ(潜在能力)アプローチ提唱時には明確にしていないからです。また他の批判では、戦争や飢餓などの有事には「自由」は無視されてしまうし、高い理想をどう実際に機能する政策にするかが難しいのにそこに触れてないというものがあります。ただセンさんは具体的な政策をどうすればいいかを模索するのは他の人に託す、と書かれています。*4

・・・ということでお一人目、アマルティア・センさんでした!もちろんどの指標で「開発」度合が図れるかでも議論が分かれていますし、彼の考えで批判されている部分は考慮すべきと私は思います。ただ私は当時の経済偏重に異を唱えた彼を尊敬しています。そのおかげで、経済以外の物差しも使った人間開発指標が採用されるようになったことは開発援助にとって良い変化だったとも思っています。

でもセンさんって・・・文章がものすごく格調高い(難しい)んですよね・・・読むのが大変つらいのが私にとっては一番の難点でした。でも大丈夫!たくさんの人がより分かりやすい言葉で解説して下さっています。何て読解力の高い方々!とあがめつつ、エッセイを書く時にはそれをありがたく活用させていただきました。

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*1:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

*2:「自由と経済開発」アマルティア・セン 著/石塚雅彦 訳 
自由と経済開発 | 日本経済新聞出版

*3:「ケイパビリティ/capability」『国際協力用語集』 83ページより抜粋
「不平等や貧困、生活の質を判断する際の基準としてセン(Amartya Sen)が提唱している概念。彼は人々の生活が、様々な状態や行動、つまり、様々なファンクショニング(functioning/機能)の集まりから成り立っているととらえた。また、センによれば、ある人が達成可能であるさまざまなファンクショニングの組み合わせを総体としてとらえた集合が、その人のケイパビリティであり、様々なファンクショニングを達成できる実質的な自由をあらわしている。人々の生活の質を判断する基準は、個々の選択の良さと共に、選択の幅や自由度である、という考えである。生活の質をあらわす基準としてしばしば用いられる財・サービスの消費量は、よりよい生活を実現するための手段に過ぎない。その手段を用いてさまざまなファンクショニングを達成する能力は、人によって異なっている。例えば、妊婦や病気の人は、十分な栄養を得るというファンクショニングを達成するのに必要な栄養摂取量が、ほかの人びとよりも必然的に多くなってしまう。そこで達成可能なファンクショニングの観点から生活の質を評価する必要が生じるのである。」

*4:’Fifty Key Thinkers on Development (Routledge Key Guides)’ David Simon (編著)
Fifty Key Thinkers on Development | David Simon | download

「知るのが怖い」の、後

今回は「開発援助で扱う課題について知るのが怖い」をいう感情の変化について書きます。この感情との向き合い方が、大学院とのコースメイトとの会話で少し変わったからです。

進学前の気持ち
国連が世界規模の目標として掲げるSDGs(持続可能な開発目標)でさえ17もあるように、世界中に様々な課題があります。詳しく調べていくと、極度の貧困、人権侵害、紛争、そしてそれらに起因する人々の苦しみ、惨たらしい生活、死・・・など信じられない話が絶え間なく出てきて、世界中の最悪の事例が集められているのでは本当に目を背けたくなります。

現状を知ることが大切なので、記事を読んだり話を聞いたりするようにしていたのですが、時にその事例の過酷さに何日も落ち込んでしまうことがありました。援助に関わった人の中には「その経験をした人はもっとつらいんだから、知るだけでつらいとか思ったらだめだよ」とたしなめる人もいて、反省しつつも「でも、つらいな。私みたいな気が弱い人はあんまり関わらない方が良い業界なのかもな」と思っていたのでした。そして大学院では理論的な話が多いので、あまりそういう感傷的な話をしないようにしていました。

コースメイトとの会話1
そんなある日、自由参加のドキュメンタリー映画のチラシを見ていたら顔見知りの生徒が「君も見に行くの?僕もその映画に興味があるから、会場で会うかもね」と話しかけてくれました。でも私はすぐに返事が出来ませんでした。

何故ならその映画は出身国を逃れ難民申請をした国の収容所で暮らす人々を映しており、その現状の酷さを訴えるものだったので、「2時間もあるし精神的なダメージが大きそうだな」と迷っていたからです。一瞬の沈黙をフォローしようと、つい「見たいんだけど、見るのが怖いんだ。こんなこというと恥ずかしいんだけど、こういうドキュメンタリーを見ると数日落ち込んだりするから・・・」と本音を言ってしまいました。

するとその人は優しく「わかるよ。僕も他の授業でドキュメンタリーを見るんだけど、たまに眠れなくなったりするから」と言ってくれて、何だか受け止めてもらえてものすごくほっとしました。最終的にはその映画を見に行って、内容は過酷なものでしたが現状が深く理解出来たので、その後関連したニュースをより身近に考えるようになりました。

コースメイトとの会話2
授業でも同じ経験をしました。子どもに関する授業で、ある週は「虐待」がテーマでした。その前の週に先生が初めて「来週のテーマは出席をとらないようにします。来るのがつらい人は来なくて良いですよ」と言いました。そしてその授業の日には欠かさず授業に参加する、真面目で特に優しいコースメイトが来ませんでした。他のコースメイトに「テーマがつらいから、次の授業は行かない」と言っていたそうです。

そのテーマでの必須文献は児童虐待、女子と性労働との繋がりなどについてで、事前に読んでものすごく暗い気持ちになりましたが、授業で先生が一つの見方に偏らないように慎重に言葉を選び、理性的に生徒の発言に答えているのが分かりました。ソーシャルワーカーとしても働かれている人だったので、子どもから虐待を打ち明けられたらどう対応すべきかなど具体的なことも話してくれました。

授業後に仲の良い子がポツリと「今日は特につらかった」と言ったので、「そうだね。先生は冷静に対応してすごいよね。仕事だから当たり前なんだろうけど・・・」と答えると、「・・・私は先生みたいに直接子どもと接する仕事は出来ないかも。」と彼女は悲しそうに言いました。「私も。冷静に対応出来ないと思う。」と答えながら、こんな風に「つらいね」って言い合える人がいると救われるな・・・としみじみ感じました。

なぜなら数年前に子どもの性的虐待を題材にした映画を一人で見に行って、その後何週間もそのことを思い出して落ち込んでいたからです。そういう映画を一緒に見に行く友達もいなかったし、内容を話すとその人も悲しい気持ちにさせてしまうと考え他の人にも話せなかったのでした。

知らないことへの向き合い方について
・・・誤解をされると悲しいので補足しますと、もちろん一番苦しいのは問題の渦中にいたり被害に遭われたりした人です。それなのに知るのがこわい、というのは失礼に感じられるかもしれないし、「問題解決に向けて行動してるの?」と聞かれても時々支援団体に少額の寄付するくらいしか出来ていません。

でも、知らないことはもっと怖いから、そして他人事ではないから、気になった社会課題については国内外問わず調べたり話を聞いたりするようにしています。なぜならその「課題」は、場所や状況が違えば自分や自分の大切な人が経験する可能性があるからです。その時どうすべきか事例は教えてくれますし、解決に向けて微力でも自分の出来ることが知れます。また誰かの課題を無視しない人々が多くなれば、自分が困ったときもその人たちが助けてくれるかもしれません。

「開発援助」を「勉強」する意味
「開発援助」の課題について話をすると、「興味を持っていてえらいですね」「勉強家ですね」そして「私には難しくてちょっと・・・」と距離を置く方がいます。それはその人の自由なのですが、もったいないな、と思ったりします。何故なら知ることで自分に気づきがあったりして、自分のためになることが多いと感じるからです。

私は別に利他的な人ではないので、自分のために「勉強」(ある課題を知ろうとすることをこう呼ぶなら)しています。でも開発援助の課題という「遠くの国の話」を少し知って、外国には一度も行ったことはないしそれほど興味もないという人が「自分にも関係があった」「知れて良かった」と話す姿を見ることがこれまで何度もありました。

そして自分を振り返ると、数年前に知ったある出来事が気づかないうちに今の行動に繋がったりすることもあります。だからお節介ながら、他の人にも知ってもらえたらと思っています。

まとめ
大学院では開発のマニアックな話を出来る人と会えたとともに、私よりもはるかに経験も知識がある人々でも「知るのが怖い」という感情を持っていることに、何だかほっとする瞬間が多くありました。もうあんな風に気さくに話せる人が身近にいなくてさみしい時もありますが、先生やコースメイトの、怖い気持ちを無視しないけれどそれを乗り越えて課題に向き合おうとする姿を思い出す度に、私も私なりに知り続ける努力をしようと勇気づけられるのでした。

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人生を「自分の基準」で測ること②(漫画「雲の上のキスケさん」が教えてくれたこと)

前の記事に続いて、人生を「自分の基準」で測ることの大切さで思い出したもう一つの作品、漫画「雲の上のキスケさん」(著者:鴨居 まさねさん)について書きます。

この作品は「恋愛漫画」に分類されると思います。もちろん主人公の「まゆこ」と「キスケさん」の関係にもときめきが止まらない感じなのですが、私にとっては恋愛関係以上の、人生をどう生きるかを真摯に模索している人々の物語なのでした。
ネタばれは避けたいのですが、すみません、印象的な一場面だけ書きます。それは、キスケさんと出会った初めのころにまゆこが見る夢の部分です。少し説明するとこのまゆこという人は20代の会社員。あまり身体が強い方ではなく、特に雨の日の不調に昔からずっと悩まされています。

夢では高校生に戻ったまゆこのもとへ、雲に乗ったキスケさんが近づいてきます。「なんか用?」と尋ねるキスケさんにまゆこは泣きながら「あのね 高校の先生がね 雨の日はみんなダるいんだ おまえのはさぼり病だってゆーの でもあたしほんとに起き上がれないの だから雨降らさないで」と言います。
そんなまゆこにキスケさんは小さな箱型の機械を渡し、こう言います。「これはダるさを数字にしてくれるキカイ 単位は『ダルサ』 普通の人は50ダルサ~100ダルサ キミは360ダルサか ちょっとひどいね」「先生にそれで対抗してみなさい」。機械を受け取りキスケさんに「ありがとーっ」と手を振ったところで、まゆこは夢から目を覚まします。

・・・もちろんダルさを測るのは難しいと思いますし、もし測れたとしても「私の数値の方が高いから、あなたのダルさは大したことない」とは言えないと思います。でも痛みの知覚度合は人に拠って違うものなのに、自分の基準を相手に当てはめて判断することの残酷さを、この場面は教えてくれていると感じます。
私はこれを読んだ当時、入ったばかりの会社でうまく仕事が回せず、残業続きで睡眠時間も短くて・・・という状況でした。謎の吐き気や肌荒れにも悩まされていました。残業時間を減らすよう言う上司に自分の抱えている課題を伝えたところ、「大した仕事をしていない」「俺の方が忙しい」と一蹴されてとてもストレスを感じていたころなので、この漫画にとても救われたのでした。仕事はもちろん自分で回せるようにするものですし、当時の上司のコメントは当たっている部分もあったのでその後工夫して上手く進められるようになりました。でも精神的な部分はこの漫画の「たとえ他の人がどう思おうと、あなたの苦しさは無視されるべきものではない」というメッセージに支えられていました。

この作品では登場人物たちが自分なりの「基準」を見つけ、人生を少しずつ変えていく姿が描かれていると感じます。「パートナー」「家」「仕事」など、人生において大切な要素について自分の基準を持って測ろうとし、時に失敗し傷つきながらも、前向きに進み続けます。この漫画を読み直す度に何だかとても励まされていたのですが、その理由が大学院で学んで頭で理解出来たのでした。

・・・この2つの作品に最初に触れてから何年も経ちましたが、昔に比べると今はもう少し自分の基準で人生を測れるようになったと思います。今でも他の人から「あなたは本当に変だね」「他の人にもう少し合わせたら?」とアドバイスをうけることもあり、妥当と思う部分は受け入れつつ自分の基準は手放さないようにしようと思うのでした。それは結局、最後に人生を評価するのは自分だと考えているからです。

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人生を「自分の基準」で測ること①(ミュージカル「レント」が教えてくれたこと)

今回は大学院での学びが日常生活と繋がったこと、そしてそれにまつわる作品について書きます。というのも、どの価値基準を使うかで評価が違うという授業からの学びは、人生にも当てはまるなと実感したためです。

「概要」の授業で、貧困の測り方が時代によって変化してきたこと、そして「貧困」は個人の収入といった客観的な測り方から、明確には数値化出来ない「主観的貧困」を考慮する方法もあると教わりました。開発援助の歴史を見ると、開発、そして貧困について「多数派の」もしくは「支配的な」考えに抵抗して、より測定方法・定義の多様化を目指してきた部分があります。

そしてこれって開発の文脈だけではなく、個人の人生でも大切だなーと思った時、私がとても好きな本や映画では、普通(多くの人が支持している考え、と解釈しています)とは違う尺度や基準が示されていたんだなと改めて分かったのでした。だから「普通」から外れていると感じていた私の心に強く響いたんだと思います。

特に結びつきを強く感じた大好きな2作品について書きます。
まず1つ目は、ミュージカル’RENT’ 「レント」(作詞・作曲・脚本:ジョナサン・ラーソン)です。内容を一言でいうとNYを舞台に繰り広げられる若者の青春劇・・・といえるのでしょうが、人生とは何か、をものすごく考えさせられた作品です。

物語から曲からどれもすごく好きなのですが、印象的な歌’Seasons of Love’についてまずご紹介します。*1 1年をどう測ろうか?という歌詞で始まって、「52万5600分」とも数えられるけど、朝日、飲んだコーヒーの数、インチ、マイルで測ることも出来る・・・と尺度を挙げて、最後に「愛で測るのはどうだろう?」と問いかけます。

最初聞いたとき「面白い歌詞だなあ」と本当に驚きました。1年は365日。以上。・・・それ以外の考え方をしたことがなかったからです。Loveで測ると私の場合365より少なくなるかも。コーヒーは1日1杯以上飲んでるから多くなるかな。など思ったりしてとても新鮮でした。

もう一つ印象的だった歌は’What you own’です。*2 この歌で描かれるWhat you own(その人の所有しているもの)で人々が判断される世界は、「経済成長を目標とする現代社会」を表していると感じました。ジョナサンは歌を通して、物質主義が広まる中で、人さえ物のように画一的な基準で判断され、それに当てはまらない人は価値がないものと扱われる・・・という考えに真っ向から立ち向かおうとしていると私は感じました。登場人物が歌う、そんな社会に迎合している今の自分の感情は、自分のものではない、借りものなんだ、という言葉はいつも私の心に響いて、「私は自分の感情を今持っているだろうか?人に流されていないかな?」とつい考えてしまうのでした。

この作品に触れたときは、社会人となって自分が他の人の「当たり前」や「普通」から外れていると強く感じていたころで、RENTの曲によく勇気づけられました。私と同じ気持ちでいて、なおかつ戦おうとしている人がいる、と感じたからです。

’RENT’は「ミュージカルの歴史を変えた」と称されます。ブロードウェイに進出、ピューリッツァー賞トニー賞などを受賞、映画まで作られるほど有名となっています。この作品のほぼ全てを手掛けたジョナサン・ラーソンは、ミュージカルの在り方にも革命を起こしたのでしょうが、今の社会の根本的な枠組み、それ自体に疑問を投げかけた正に’Radical Reformer’の一人だったと感じています。(Radical Reformerについては別の記事で書いています。)

ジョナサンは35歳で’RENT’の公開前夜に亡くなったので、たくさんの人々がその「早すぎる死」を悼んでいます。私も彼にもっと生きて自分の作品がどれだけ多くの人々に愛されているか知って欲しかったし、彼が’RENT’後に作る作品も見たかったです。でも ’Seasons of Love’の中の人生の測り方を当てはめてみたら、ジョナサンの人生は年数としては短かったけれど、’Love’で測ったら他の人より多く生きた、と言えるのではと思っています。私も敬愛という意味で、彼にLoveを贈る一人です。

次の記事では、もう一つの思い出深い作品について書きます。

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Academicな言葉たち

 

今回はAcademicな(学術的な)単語をいくつか紹介します。私が学術英語やその分野のキーワードを知らな過ぎた面もありますが、授業ではなじみのない単語がよく使われ、所変われば言葉が変わるのだなと面白かったです。以下は特に講義やディスカッション中に口語としてよく使われていた単語です。(意味は全て「ジーニアス英和大辞典」から引いています。)

1.Problematic 「問題のある、疑問の余地がある」
・例:何かについて批判したいときに、「Bという考えはProblematicです!なぜなら~」と使われることが多かったです。
・所感:決め打ちのように’It’s problematic!’と議論を展開されると、最初はつい「えっとそうですね、何事にも1つくらいは問題ありますしね。」と茶々をいれたくなっていました。でもこの言葉を添えると何だか議論に重要性が増す気がしてきて、大学院後半では私も使ってみたりしました。

2.Overcomplicate「…を過度に込み入らせる」
・例:ある問題が細かく分析され過ぎて議論が混乱すると、誰かが「それは少し議論をovercomplicateしてるんじゃないかな、もう少しシンプルに考えてみると~」と調整に入ったりします。
・所感:私は単純なので大学院での勉強はある意味、ほぼ全て物事をovercomplicateしているように感じており、この言葉が聞いたときは面白かったです。これと同様に批判されるのがoversimplify「単純化し過ぎる」ことなのですが、どの程度が「過ぎる」と判断するかは人に拠って考えが違うと思ったりしていました。

3.Implicitly 「暗に、それとなく」
・例:講義で「この議論は○○をimplicitly意味していて~」を多用する先生がいました。
・所感:「暗に・・・」と表現されると、ぐっと神秘的になるというか深みが増す感じがして自分でも使いたかったのですが、使う機会がありませんでした。反対の意味のExplicitly「明確に」もよく使われていました。

4.Radical 「根本的な」
・例:ある課題を解決するには’radical transformation’「根本的な変化」が必要だ、とよく聞きました。
・所感:私はradicalには「過激な」「急進的な」の意味でとらえていて、radical transformationは急激であるが故に他の問題を生じさせそうだな、と否定的になっていました。ただ大学院で既存の社会構造の欠点を学び、その構造が昔の偏った考えに根差している場合はそれを「根本的」に変えるのが効果的な課題解決の方法だと納得することもありました。
また先生が’radical’は必ずしも悪い意味ではない、とも仰っていて、なるほどと思いました。既存の体制の根本を変えようとすると過激に見える部分はありますが、方法が必ずしも過激なわけではない、というのは忘れないようにしようと思います。

5.Voice 「(意見・希望などの)表現」
・例:よく出てくる単語ですが、例えば子どもの権利について学んだ時には、子どもが自分のvoiceを表現するには安心出来る空間・人が必須であるという話が良く出てきました。
・所感:今まではvoiceを「意見」と主に訳していましたが、もう少し生々しい「内なる声」的なものもあるのかなと解釈するようになりました。そのためそのvoiceは本音である必要があるのだと感じています。

エッセイを書いているときに、イギリスのコースメイトが「まだ自分のvoiceが曖昧なんだけど、書くうちに明確になると思うの。そのvoiceを大切にしたい」と言っていて、最初はエッセイという硬い文章を書くにはメルヘンな考えだなあと感じていましたが、書くうちに彼女の言っている意味が分かりました。
というのも、通常エッセイでは自分のargument「論点」を明確にする必要があり、曖昧だと「論点が不明確」とコメントされたりするのですが、このargumentの源には自分のvoiceがあるのではと思ったからです。voiceを学術的にそして理論的に述べたものがargumentなのかなと考えています。私の場合もエッセイを書きながら段々と「この現状はひどい!この課題は改善すべき!」と心の底から感情が湧き上がってくる時があり、エッセイは理性的に議論展開すべきですが、その底にある熱は大切なのかなと思っていました。

このブログは少しovercomplicate気味で時にproblematicな内容を含むかもしれませんが、私のvoiceがimplicitlyまたはexplicitlyに表現されつつも、何かradicalな部分も伝えられていたら嬉しいです。(という言葉遊びをしたくてこの項目を書いたのかもしれません・・・。)

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コースメイトについて(出身国や交流の記録など)

今回は私の学んだ社会開発課程(コース)の様子についてご紹介します。一例としてご参考いただければ嬉しいです。
社会開発コースには30名弱の生徒がいました。イギリス人数名、日本人数名、後は各国一人ずつ、という感じで、アフリカ・中南米・アジア・中東地域から数名が来ていたので結構多国籍でした。2割がパートタイム(仕事などと両立するため1年間に2単位とって2年間で修了する形式)、その他は私と同じくフルタイム(1年間で修了)でした。大学院には100名以上が所属するコースもあったので私のコースは比較的小規模だったと思います。また、自分以外はヨーロッパ諸国出身の生徒だった、とか、インド出身者が3割を占めるコースだったなど、その年またコースに拠って違いがあるようです。

コースメイトは20代前半が半数で、私のような30歳以上の人は2割くらいでした。最初は気後れしたものの、コースメイトはみんな優しく気さくだったので、年齢を気にせず楽しく話せるようになりました。会う機会は少なかったのですが授業の合間に一緒にお昼を食べたり、課題が終わってパーティしたり海で遊んだりしたのがとても気分転換になりました。

私はたくさん生徒とわいわい遊ぶ、というよりは授業で会った数人と仲良くなって授業の合間やお昼ご飯を食べながら話す時間が好きでした。そして英語能力的にも性格的にも話すのが得意な方ではないのでゆっくり簡単な言葉で話すことが多かったですが、ネイティブの子も丁寧に対応してくれる子が多かったので有難かったです。(たまに早口で話して、私がついていけないと他の人とだけ話したりする人もいましたが、まあ仕方ないかなと思っていました。)他の国から来ている人たちと話すことが多かったので、慣れない大学院生活への不安、先生の評価、将来について・・・と色々話せて、とても息抜きになりました。

◆例えば、授業の後に昼ご飯を食べながら・・・
・コースメイト1:「あーだるい。もう仕事に戻りたい。もう『学問』はいいよ、僕は紙一枚(修了証)がもらえればいいんだよ。」
・私:「なんか読んで書いてだけだと、偏ってる気がするよね。仕事で必要だと思ったから進学したんだけど。後さ、頑張って貯めたお金が目減りしてくのがすごい恐怖だよー。」
・コースメイト2:「イギリスは物価高いしねー。まあ仕事するのは大変だけどね。」
・私:「うう、そうだよね・・・前どんな仕事してたんだっけ?」
・コースメイト2:「それがさあ、首都で政府機関に勤めてたんだけどそこの上司がさあ~!!」
と前職の話になり、なぜ修士を取ろうと思ったかを言い合い、最後は「頑張ろうね!修士取ったら希望する仕事に応募出来るもんね。お互い希望が通るといいね!」と励ましあったり。

◆また別の日にはエッセイで追い込まれている時に大学内のカフェで偶然会って・・・
私:「どうしよう。エッセイが全然進まない。図書館にいたんだけど、集中出来なさ過ぎて逃げてきた・・」
コースメイト1:「私は午後からの授業の準備してるよ。エッセイのアウトライン作らなきゃだし、大変だよ・・・」
私:「もう逃げたい。どこでもいいから逃げたい。もう読みたくない。」
コースメイト2:「・・・旅行とかいいよね。」
コースメイト1、私:「旅行―!行きたーい!」
コースメイト2:「じゃ、授業行ってくるわー」
コースメイト1、私:「・・・いってらっしゃーい・・・」
コースメイト1:「今朝具合悪くて病院行ったんだけど、入学してから病院行くの何回目だろ。原因不明。自分の国ではこんなに体調崩さなかったから、イギリスの気候のせいかなー」
私:「えーー大丈夫!?」
コースメイト1:「大分良くなってきたから大丈夫。」
という、とりとめもない話を30分くらいして
私:「話聞いてくれてありがと。大分気持ちが落ち着いてきた。現実に戻って図書館でエッセイ進めてくる。体調早く戻るといいね。」
ク1:「ありがとーお互い頑張ろうね。」
と、名残おしく別れたり。

そしてエッセイ締め切りの終盤に会ったコースメイトと言い合っていたのが’Good luck and Survive!’でした。終わったらご飯食べにいこうねとか言い合って、それが無事実現した時は本当に楽しかったです。
仕事で会うと組織や役割の違いでこんなにフラットに話せなかったかもしれないので、気さくに自分のお国事情から授業に関連する開発の話まで話せる人は貴重だなと思い、それも嬉しかったです。もう世界中に散らばってしまいましたが、またどこかで再会出来たらいいな、と心から思います。

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大学院の授業の流れ

今回はイギリスの大学院の1年間の授業の流れについて書きます。私も疑問だったし他の人からも質問があったのが、「授業ってどれくらいあるの?」「どんな感じで進むの?」というものでした。私が所属したコースだけのお話しにはなりますが、少しお伝えしたいと思います。

・1年間の流れ
2学期に分けられ、秋学期は9月~12月、春学期は翌年の2月~5月です。学期ごとに2つのモジュール(科目)を取るので、全部で受けた科目は4つでした。1つの科目は12週間で構成されていて、1週間にLecture(講義)1時間とDiscussion(議論)2時間あります。
つまり1週間で授業の拘束時間合計はわずか6時間なのです。最初は余裕がありそうだなと思ったのですが、実際は授業の準備と課題(エッセイ)を行うのにずっと追われていて、大学院は自習が主なんだと実感しました。

・講義の様子
その週のテーマについて先生がスライドを使って説明する、というスタイルが多かったです。科目によっては1日に3時間まとめて学ぶ構成になっていて、その場合は、講義→生徒と議論→講義と少しずつ進んでいきます。

・議論の様子
テーマや文献をもとに全体で話し合ったり、4~6人の生徒でしばらく意見交換して全体に共有したりしていました。私のクラスは議論を戦わせる、というよりは気さくな感じで話し合う、という雰囲気が多かったです。ただ取り扱いが難しい問題については先生に激しく反論する生徒がいたりと少し緊張感がある回もありました。授業中の発言やグループでの発表(1~2回ありました)が直接の評価対象にならないためか、質問する人は勉強熱心な人や優秀な人に限られていて、先生が生徒を当てたりすることもありました。

個人的には数人での議論の多い授業が好きでした。議論の流れについていくのは大変でしたが、少ない人数だとより個人的な考えや経験(「自分が前職で担当していたプロジェクトでは~」みたいなもの)を聞けて面白かったですし、それを通じて仲良くなったりしたりするのが嬉しかったです。

・「学ぶ」プロセスの経験
授業は面白いのですが、知識も英語力も足りない私にとって、内容を深く理解してそれを議論するのは大変でした。ただ学期を通して学びを深めるプロセスを経験できた気がしています。それは以下の流れでした。
① トピックの基礎知識や主な議論について知る
② 先生や生徒と話したり質問したりすることで理解を深める
③ その中でも興味がある事柄についてエッセイを書き、自分の議論を論理的に展開する
④ エッセイの点数やコメントから自分の学びが学術的にどのレベルか先生の評価が分かる

このプロセスの経験は大きな学びでした。というのも、これまで私は自分の知りたいことを本やネットで調べた後、理解出来た感じがしないことや自分の意見に自信が持てないことが悩みでした。しかし大学院で、基本を学び、関連の議論まで理解したうえで、自分の意見を主張する、というプロセスを何回か経験をし「知識を理解してそれを使う」ことはそれほどすぐに実現しないんだなあと実感したのでした。

例えばエッセイで取り上げたテーマについて考えると、授業で3時間以上みっちり基礎知識と関連の主な議論を集中的に教えてもらって、それから数ヵ月関連する文献を読んで、エッセイとして5000文字書きました。それでも私は十分理解出来たと感じないので「あんなに勉強したのに!」と驚いたのでした。
ただ、集中的に調べて書いたことは自分の主張を話せますし反論にも返せるくらいの知識や分析力はつくこと、また、調べる前に「学んだことをどう活用したいのか」を考えることの重要性も分かりました。

また、大学院で自分の関心があることを思う存分人と話せたことも本当に楽しい思い出です。私は今まであまり開発援助について話をする人が周りにおらず、いても知識量や主張の違いのせいか、話が通じている気があまりしませんでした。そのため、基礎知識をお互い分かった上で応用の話がコースメイトと出来たり、自分の考えに別の視点で意見がもらえたりして、本当に嬉しかったです。自分の知識不足が常にもどかしくもありましたが、貴重な時間だったなあと今は懐かしく思い出します。

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