イギリス留学 ざっくり日記

大学院で社会開発を学んだ話

勝手に尊敬① アマルティア・センさん

今回は大学院で勉強し始めて、「まじ、この人すごいわ・・・!!」と尊敬を深めた学者さんについて書きます。皆さま大変有名なのでその考えを知る機会はあったのですが、「難しそう・・・」と詳しく調べなかったという・・・。

「もっと早く知っていれば良かった!」と思うほどその方々から素晴らしい学びを得たので、 「勝手に尊敬」と題してお二人ご紹介します。ただ、ご著書数冊をざっとしか読んでいない私ごときが説明するのも恐れ多く、私と違って分厚い・難しい本が抵抗なく読める方は、是非ご著書を直接お読み下さい。

お一人目:アマルティア・センさん!
1998年にノーベル経済学賞をとられたインド出身の経済学者です。

センさんのすごさは経済学で常識だった考えをくつがえしたことにあると思っています。以下2つご紹介します。

すごいと思うところ①飢饉の原因がお金だけでないことを証明した!
飢饉、つまり「農作物の凶作などから食物が極端に不足し,人々が飢え苦しむ現象」、*1は食料が足りないからではなく、人々の能力や資格(センさんは「エンタイトルメント/権原」と呼んでいます)が足りないから発生することを証明されています。

私はこれを聞いたとき「えええ」と驚きました。それまでは
 ・貧しい国だと水路とか作るお金がないから天候に頼るしかなくて、
→雨不足とかで農作物が育たなくて、
→食べ物を外から調達するお金もなくて、
→その結果として飢饉が起きて人々が飢えに苦しむのかなと思っていたのでした。

それがセンさんの本を読んで「食べ物が足りないだけが問題だけじゃないんだ!?」、つまりは「お金だけの問題じゃないんだ!?」とびっくりしたのでした。

センさんは著書「自由と経済開発」*2の中で、経済力が低くても飢饉が発生しなかった国と発生した国の違いを比べています。その比較・分析から飢饉に素早く対応する民主的な政府があれば飢餓を防ぐことが出来ること、そして独裁的な政府の下では飢饉がなくても飢餓が発生することがあると指摘しています。

すごいと思うところ②「開発」の概念に経済指標以外の要素を加えた
戦後の主な「開発」の概念は、「開発=主に経済的な豊かさ(GDPや収入の増加)の追求」という考えでした。経済的に豊か=人々がより幸せになる、という考えだったのですね。でもセンさんは当時当たり前とされていたこの考えに反対して、開発の目的は自由の拡大であり(そしてそれが人々の生活の質を高める)、収入を上げることはそのための一つの要素に過ぎない、と指摘します。

そしてケイパビリティ(潜在能力)*3 アプローチというものを提唱されます。この考えに触発されてUNDP(国連開発計画)が人間開発報告書というものを1990年以来毎年発行しています。この報告書では経済(1人あたりの国民総所得(GNI))に加え、教育、医療の3つの側面から各国の開発度を測定しています。

このように「幸せってお金だけじゃないよね」っていうのは彼以外も思っていたと思うのですが、それを他の理論と対比させて論破し、個人の状況によって「潜在能力」が変わることも詳細に分析した彼に拍手!!! そして勝手な推測なのですが、センさんのこの個人の自由への視点は彼が幼いころに起こったムスリム男性の死も関係しているのかなと思っています。「自由と経済開発」の中で書かれているのですが、ヒンズー教の多い地区で働いていたムスリム男性が、ある日その宗教の違いが原因で殺されてしまいます。その人自身、イスラム教徒の自分がヒンズー教徒の多い場所で働く危険性を認識していたのですが、自分の住む場所では仕事がないため出稼ぎに来ていたのでした。

彼に仕事を選べる自由があれば命を落とさなくて良かった、と書かれているセンさん。じゃあ具体的にどうすれば皆が自由が得られるの?そもそも自由って何?という疑問への答えを実証した彼はすごいと思います。

センさんの理論への批判
中にはセンさんの理論は理想的過ぎて、実用的ではないという批判があります。センさんは自由を測る(明確な)指標をケイパビリティ(潜在能力)アプローチ提唱時には明確にしていないからです。また他の批判では、戦争や飢餓などの有事には「自由」は無視されてしまうし、高い理想をどう実際に機能する政策にするかが難しいのにそこに触れてないというものがあります。ただセンさんは具体的な政策をどうすればいいかを模索するのは他の人に託す、と書かれています。*4

・・・ということでお一人目、アマルティア・センさんでした!もちろんどの指標で「開発」度合が図れるかでも議論が分かれていますし、彼の考えで批判されている部分は考慮すべきと私は思います。ただ私は当時の経済偏重に異を唱えた彼を尊敬しています。そのおかげで、経済以外の物差しも使った人間開発指標が採用されるようになったことは開発援助にとって良い変化だったとも思っています。

でもセンさんって・・・文章がものすごく格調高い(難しい)んですよね・・・読むのが大変つらいのが私にとっては一番の難点でした。でも大丈夫!たくさんの人がより分かりやすい言葉で解説して下さっています。何て読解力の高い方々!とあがめつつ、エッセイを書く時にはそれをありがたく活用させていただきました。

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*1:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

*2:「自由と経済開発」アマルティア・セン 著/石塚雅彦 訳 
自由と経済開発 | 日本経済新聞出版

*3:「ケイパビリティ/capability」『国際協力用語集』 83ページより抜粋
「不平等や貧困、生活の質を判断する際の基準としてセン(Amartya Sen)が提唱している概念。彼は人々の生活が、様々な状態や行動、つまり、様々なファンクショニング(functioning/機能)の集まりから成り立っているととらえた。また、センによれば、ある人が達成可能であるさまざまなファンクショニングの組み合わせを総体としてとらえた集合が、その人のケイパビリティであり、様々なファンクショニングを達成できる実質的な自由をあらわしている。人々の生活の質を判断する基準は、個々の選択の良さと共に、選択の幅や自由度である、という考えである。生活の質をあらわす基準としてしばしば用いられる財・サービスの消費量は、よりよい生活を実現するための手段に過ぎない。その手段を用いてさまざまなファンクショニングを達成する能力は、人によって異なっている。例えば、妊婦や病気の人は、十分な栄養を得るというファンクショニングを達成するのに必要な栄養摂取量が、ほかの人びとよりも必然的に多くなってしまう。そこで達成可能なファンクショニングの観点から生活の質を評価する必要が生じるのである。」

*4:’Fifty Key Thinkers on Development (Routledge Key Guides)’ David Simon (編著)
Fifty Key Thinkers on Development | David Simon | download